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妻籠宿で見つける歴史のスキマスポット

中山道の長野県最南端にある妻籠宿(つまごじゅく)

明治100年事業として、全国で初めて復元修景が実施された宿場町です。木曽・中山道の中では「馬籠宿」や「奈良井宿」と共に人気観光スポット。木曽ブームの火付け役ともいわれます。

妻籠宿の見どころや歩き方、歴史もご紹介します!

中山道「妻籠宿(つまごじゅく)」の由来と歴史

妻籠(つまご)は妻子とも呼ばれますが、元々は「ツマゴメ」だそうです。ツマ(妻)は端っこ、コメ(籠)は人の集まった集落を意味します。つまり「いちばん端っこの集落」という意味。「ツマゴメ」が一部省略されて「ツマゴ」になりました。

中山道の第49次にあたり、馬籠宿と三留野宿に挟まれています。

妻籠宿のアクセスと駐車場は?

妻籠宿のマップ

妻籠宿を歩いてみよう!

駐車場から歩くとまず見えるのが「尾又橋」。バス停もこの近くに停まります。

江戸時代の民家や御本陣、高札場などが再現された街並みを歩きます。ご飯屋さんや資料館などが点在しており、寄り道しながら歩くと往復1時間はかかりそう。写真は早朝(8時頃)なので人もお店もまだまだでした。

枡形で二手に分かれた道も特徴的。

鯉ヶ岩という奇岩があったそうですが、明治24年の濃尾大地震で形が変わってしまったのだとか。後ろから登れたので岩があったであろう場所まで行ってみると、こちらも妻籠宿が見下ろせるスポットになっていました(下写真)。

ここからはいくつか見どころをご紹介します。

下嵯峨屋は庶民の暮らしを再現する住居

下嵯峨屋は長屋であった場所ですが、当時の庶民の住居を再現しています。

桝形のあとも

下嵯峨屋のある道は「枡形(ますがた)」の跡でもあります。枡形とはクランクのようになっている場所のことで、城下町や宿場町にみられる外敵の侵入を防ぐ仕組みのこと。今でもたくさんの地域に残っています。曲がり角が多いと馬で走りにくく、攻め込まれづらいのです。

光徳寺は木曽七福神と中部四十九薬師霊場

妻籠宿を少し上がった場所にある光徳寺。中部四十九薬師霊場の一ヶ寺です。1500年に開山されたといわれています。石垣があり、砦の役目も果たしました。こちらから見下ろす妻籠宿が特徴的なので、ぜひ参拝していただきたい!

光徳寺手前から見た妻籠宿の風景

郵便資料館は元妻籠郵便局

郵便資料館はもともと妻籠郵便局。ポストからは本当に郵便を送ることができますよ。島崎藤村『夜明け前』には開局当時の様子が描かれるなど、歴史のある場所。

妻籠宿本陣跡(南木曽町博物館)

妻籠宿の御本陣は南木曽町博物館になっています。

「御本陣」とは宿場町の公認宿舎で、身分の高い方が泊まる場所のこと。となりには「脇本陣」があることも。こちらは島崎藤村の母の生家でもあり、明治時代までは本陣と庄屋を兼業していたそうです。

妻籠宿ふれあい館

2019年3月の様子

妻籠宿ふれあい館では季節の展示があり、その姿は圧巻!お雛様や鯉のぼり、五月人形など日本らしい飾り付けがされていました。着物を羽織れる体験もあり、訪日客にも人気。

「妻籠宿(つまごじゅく)」観光決定版!見どころと歴史まとめ

妻籠宿を歩いて見つけた見どころをご紹介しました。歩くだけでも楽しく、撮影スポットも多い妻籠宿。中山道にはメジャーな観光スポットからひっそりと史跡を残す宿場町までさまざまあり、どれも魅力的。下の記事にまとめているのでよかったらご覧ください!

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