信州の洋風学校建築を巡ろう!-明治~令和を駆け抜け現存する学び舎-

中野小学校旧校舎

長野県には貴重なその姿を今日に留める洋風学校建築が多数存在します。一口に「洋風学校建築」といってもそこには職人のこだわりや時代の影響、意外な共通項などがあり、どれひとつとして同じものはありません。

開智学校のような国宝もあれば、取り壊しをなんとか免れ現存している建築物もあります。今回は筆者が実際に足を運んだ信州の洋風学校建築をいくつかご紹介したいと思います。ぜひちょっとでもその見た目や歴史に惹かれたものがあれば足を運んでみてください。

格致学校歴史民俗資料館|坂城町

格致学校歴史民俗資料館

装飾の無いたたずまいと漆喰の壁、水色の開き扉が印象的な旧格致学校。現存する県内の擬洋風建築としては中込学校と開智学校の次に古い建物です。

格知学校は、当時の中之条村と横尾村が組合立学校として発足しました。両村あわせてたった400戸程度しかなく小さな村にとっては大きな負担でしたが、村の発展のために苦労してお金を出し合って建てたことが想像できます。

所在地埴科郡坂城町中之条2426-1
開館時間10時~16時(見学時は0268-82-3371 坂城町立図書館に電話)

屋代小学校旧本館|千曲市

屋代小学校旧本館

屋代小学校旧本館に使われる下見板張りペンキ仕上げのさわやかな水色の壁は、北海道開拓を指導したアメリカ人がまず札幌に伝えたのをきっかけに日本全国に広まったといわれています。

桑畑の中に突如姿を現したモダンな校舎は、町の人々を驚かせたことでしょう。落成式では花火が上がり、屋台や神楽も練りだしたと記録が残っています。

開館時間要問合せ 026-261-3210 (千曲市文化財センター)
所在地曲市市大字屋代 2111番地 屋代小学校敷地内

旧下市田学校|高森町

旧下市田学校

明治21年に建てられて以来、解体復元工事をしていない旧下市田学校。唐破風屋根、2階の高欄、土蔵風のなまこ壁には和風建築の特徴が表れ、左右対称のデザインや柱を見せない大壁づくりは洋風となっています。

活用しながら保存するという方針に従い、現在では子どもたちの学習や地域の人々の文化活動に使われるほか、茶会、コンサート、講演会などの会場としても活用されています。一部は昔の教室を再現し、歴史資料が展示されており、現在でも子ども~お年寄りまで集う現役感のある建物です。

所在地下伊那郡高森町下市田1043-1
開館時間要問合せ(0265-35-8211 高森町教育委員会)

旧園里学校|須坂市

旧園里学校

旧園里学校は地蔵堂を改修して学舎にしたのが始まりです。玄関ポーチの上にある六角形の太鼓楼、軒下の雲の彫刻は寺院建築の名残り。

内部には、古い机と椅子、世界地図などを飾り当時の様子を再現した教室、教育関連の資料、地域の人たちが持っていた古道具、改修時に発見された瓦などが展示されており、民俗資料館の様相を呈しています。

所在地須坂市豊丘1076
開館時間9時~16時

中野小学校旧校舎|中野市

正面の赤い星が印象的な中野小学校旧西校舎は明治初期よりさらに洋風化が進んだ明治中期のデザイン・シンプルな装飾、引き違い窓などが特徴的な建物です。

1984年、市民からの3000万円を超える寄付と1万以上の署名により、バルコニーのある正面玄関を中心に、外観が左右対称になるように移転復元されました。

所在地中野市一本木479-5(一本木公園内)
開館時間9時~17時(3月~11月)
9時30分~16時(12月~2月)

追手町小学校校舎・講堂|飯田市

追手町小学校校舎・講堂

築90年を超えた現在も、小学校校舎として現役の追手町小学校校舎・講堂。洋風学校建築の中で異彩を放つ校舎は当時としては先駆的な鉄筋コンクリート造りです。戦後の飯田大火の際には避難所にもなりました。

なにより驚くのは現在でも使われているということ。道路に面したコの字型の3階建て校舎は一見すると学校には見えず、玄関のひさしに付けられた交渉が無ければデパートにもみえます。玄関の場所が移動したり、屋上にあった運動場への階段が閉鎖されたりしましたが、児童が少なくなった現在でも大切に使われています。

所在地飯田市追手町2-673-1
開館時間内部の見学が要予約

旧山辺学校校舎|松本市

旧山辺学校校舎

旧山辺学校は開智学校の建築にも関わった佐々木喜十の作品です。旧開智学校と同じく屋根の上の八角の塔屋が特徴的ですが、より和風でガラスも使われておらず「障子学校」と呼ばれ愛されてきました。

1982年の復元修復工事以降は、現在まで「山辺学校歴史民俗資料館」として活用されています。廊下を挟んで並ぶ教室にはテーマごとの資料展示があるほか、2階の一角には原寸大の双体道祖神のレプリカも。1階端の部屋には、長野県内の洋風学校建築の写真が飾られています。

こちらの記事で旧山辺学校の内装など詳細について紹介しています。あわせてご覧ください。

松本好きに知って欲しい!県宝「旧山辺学校 歴史民俗資料館」の魅力

所在地松本市里山辺2932-3
開館時間

旧中込学校|佐久市

旧中込学校

旧中込学校は現存する擬洋風学校で最も古いもののひとつです。校舎は地元の材料をふんだんに活用しており、窓ガラスの多さから「ギヤマン学校」と呼ばれました。

移築することなく明治8年からこの場所にある旧中込学校は、今日でも地元の保存会によって守られ、隣にある中込小学校の児童が定期的に掃除に訪れるのが伝統になっています。ぜひ訪れた際には周囲を散歩し守り続けてきた地域の雰囲気も感じてみてください。

所在地佐久市中込1877
開館時間9時~17時(4月~10月)
9時~16時(11月~3月)

信州大学繊維学部講堂|上田市

信州大学には数多くの洋風建築が残っています。その中でも繊維学部の講堂は建築意匠の観点からの評価が高い建築です。

昭和4年に完成した講堂は、明治43年に日本で初めて誕生した官立上田蚕糸専門学校に相応しいものとして建てられました。平成22年、創立100周年記念事業の一環として修復され、建築時に近い現在の姿に復元されました。

所在地上田市常田3-15-1(信大繊維学部敷地内)
開館時間要予約(0268-21-5305 信大繊維学部総務グループ庶務)

旧松本高等学校本館|松本市

旧松本高等学校本館

旧制高等学校のなかで旧松本高等学校ほど校舎が残っているところはほとんどありません。大正デモクラシー最中に建てられた校舎は、当時の風潮を反映し権威性や象徴性を廃し地域に開かれた設計になっています。

明治期のナンバースクールが中央に玄関をもつ左右対称のH型なのとは異なり、コの字型の角に玄関があるのが特徴。校門もなく、道路から直接校舎に入る設計は「大衆から遊離して高校教育は無い」という思想の表れで、大正デモクラシー的発想と捉えられます。

所在地松本市県3-1-1(あがたの森内)
開館時間9時~17時

旧開智学校|松本市

日本を代表する旧開智学校の擬洋風校舎は1階欄間の龍、2階の唐破風下のエンジェル、八角塔と東西南北の風見織、日本瓦葺きの屋根が特徴的。2019年、近代の学校建築として初めて国宝に指定されました。

開校式には、約7,000人の来客、1万2,000人の参観者があったといわれる開智学校。校舎の写真は明治17年にアメリカで開催されたニューオリンズ勧業博覧会と明治25年のシカゴ万博に出品されており、当時から高い注目度を誇る日本を代表する豪華さだったことがわかります。

長野県内には、開智学校以外にも10の国宝があります。国宝については、以下の記事で詳しく紹介しているので、ぜひあわせて読んでみてください。

【長野県の国宝全10件】旧開智学校も新たに追加!それぞれご紹介

所在地松本市開智2-4-12
開館時間9時~17時

最後に-他にも信州には魅力的な洋風建築がたくさん!-

中野小学校旧校舎

今回は、長野県内に残る洋風学校建築を紹介してきました。洋風建築は、観光スポットとして注目されにくいためコロナ禍でも密になることなくゆったりと見学できるところが多くあります。写真ではなかなか伝わらない部分もあるので、ぜひ直接足を運んでみてください!




この記事を書いた人

ito masato

1996年長野県生まれ。大学在学中に自身が代表を務める事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。現在は一橋大学社会学研究科にて国内移住に関する研究を行いながら、KAYAKURA代表として長野県を主なフィールドに観光インバウンド・移住・まちづくりのコーディネート・プランニング・調査・PRを多数手がける。2019年からは都内の企業と地方の企業や自治体をつなぐ新たな取り組みも開始。訪日観光客向け観光情報発信サイトNAGANO TRIP運営。池田町第六次総合計画審議委員。週刊SPAや公益社団法人 日本観光振興協会発行『観光とまちづくり』など寄稿多数。2019年4月から東京都国立市と長野県池田町の2拠点居住実践中.